1927年3月7日に発生した丹後震災からまもなく90年になります。本校周辺の旧峰山町(峰山小学校区)ではほとんどの家屋が全壊全焼し、4500名の人口のうち1100名もの人が亡くなられました。それから90年が経ち町の中には震災の記憶を留める物はほとんどなく、また体験された方も本当に少なくなり震災の記憶は風化しています。震災から90周年の今年、本校の地学研究部が調べてきた学校周辺での丹後震災の資料を基にして、本校の生徒有志のガイドで町歩きをして丹後震災の記憶を辿る企画、峰山高校発地域活動プロジェクト「歩いて辿る丹後震災の記憶」がスタートしました。丹後震災のガイドをするためにも、まずは22年前の阪神淡路大震災について現地で学ぼうということで、1月9日(祝)に5名の生徒の参加で神戸に行き学習してきました。行程と内容は次の通りです。
9:30〜11:00 神戸市立人と防災未来センター
震災と復興を描いた映像を鑑賞し、東灘区で震災を体験された語り部さんのお話を聞きました。
12:00〜13:30 神戸市長田区野田北部地区
火災で多くの家屋が焼失した地区で、震災とその後の町作りのお話を聞き町歩きもしました。
14:00〜17:00 神戸市青少年会館、東遊園地公園
小学生の時に震災を体験し、現在は防災教育の仕事をされている河田さんのお話を聞き、さらに防災に取り組む高校生と交流をしました。その後歩いて東遊園地公園に行き慰霊の施設を見学しました。
震災を体験された3人の方にお話を聞き、また生まれる前の震災の教訓を元に防災に取り組む高校生との交流を通して、震災を体験した神戸の人々の深い想いに触れることができました。90年前の丹後震災後に丹後の人々が抱いた想いに少し近づくことができたように思います。
<参加した生徒(2年生)の感想>
私たちは先日、震災学習として、阪神・淡路大震災が発生した地、神戸に行ってきました。今までは震災は自分にとってあまり身近に感じるものではありませんでしたが、今回の体験を通してもっと真剣に考えるべき問題であることが分かりました。最初に訪れた「人と防災未来センター」では、震災直後の町のようすを再現した映像やジオラマを見ることができました。いかに当時の震災が大きく、被害が大きかったかを知ることができました。また、実際に地震に遭われた方のお話を聞き、話しながら時々涙を流されているのを見て、どこか遠いことのように感じていた震災が、自分達にも起こる可能性があるものなのだと身をもって感じました。次に訪れた長田区は震災の被害が最も大きく、町が焼失しほぼ壊滅状態になった場所でした。「復興」と私達は簡単に言いますが、一度壊れてしまったものを取り除き、そこから建て直すということは想像以上に大変で、今のきれいな町ができるまでには、何度もの話し合いと意見の衝突を重ねられてきたのだと知りました。最後に小学生の時に実際に震災を体験され、現在は防災に係る仕事をされている河田さんと、私たちと同じく震災を体験していない世代である現地の高校生と意見交流会をしました。体験をされた方々の声に耳を傾け、震災を知らない世代に伝えていくこと、震災を風化させないことの大切さを学びました。
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